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ここでは僕が普段考えていることや、絵に関する思想など、悩み、なんでもないことなど、気ままに書いていこうとおもいます。

次代のステージを見据えて  〜C-DEPOTについて その2〜

多くの人と関わりを持ちたい。

たとえ美術家でなくても、誰しもが思うことである。私が仲間を集いスタートしたこの活動には、そんなシンプルな想いが根底にある。

C-DEPOTとはアーティスト集団である。「C」はCreative、Color 、Collaboration 、Connection、Communicationといった単語の頭文字を念頭に置いており、また「DEPOT」とは鉄道の駅、バス、飛行機などの発着所や貯蔵所、倉庫という意味が込められている。

C-DEPOTはさまざまな側面を持っており、その複合的な要素がこのグループにおけるひとつのカラーになっている。主に20〜30代の若手アーティストによって構成され、年に一回開催される展覧会「EXHIBITION C-DEPOT」では、絵画、工芸、映像、メディアアートなどジャンル間の枠組みを越えた、自由な交流と創造の場となっている。

この活動を始めた理由は一つではない。大学を卒業して間もない頃、自分が美術の世界で感じた様々な「?」があった。閉鎖された業界。難しい芸術が専門家による評価でスタンダードになっていること。発表する側と観る側の認識のずれ。色々な「?」を目の当たりにして納得ができないまま、この世界で生きていくために受け入れなくてはいけない現状があった。そんな頃、私が強く影響を受けた芸術家クリムトの作品が観れるということで、渋谷で開催していた「ウィーン分離派」という展覧会を観た時に、目の覚めるような感動があった。作品も展示内容も良かったが、何よりの収穫は、「ウィーン分離派」が結成時に掲げていたコンセプトが、自分が探し求めていたものとぴったりリンクしたのである。もちろん自分達専用の会場を建設することはできないし、実績も、スケールも遥か及ばないだろうが、そのコンセプトを現代に置き換え、自分たちなりの形で実現することは可能だと思った。この展覧会との出会いに背中を押され、「C- DEPOT」の活動をスタートする決意に至った。

当初、展覧会企画や団体運営など素人同然だった自分たちにとって、乗り越えないといけないハードルが数えきれずあり、常につきまとう最大のネックはやはり資金面だった。そんな中、メセナのこと、助成金のこと、アートマネージメントのこと、自分なりに勉強してみたことが、その後、社会における美術家の在り方を考える良い機会となった。

C-DEPOTはまだ進化の過程にあり、決して完成された集団ではない。世間知らずで社会性の乏しいアーティストたちが集まり、不器用ながら何とか継続できている状況だ。そしてメンバー全員に同じような将来が約束されているわけでもないし、美術界に改革を起こしたいわけでもない。身の丈にあった活動をコツコツすることしか出来ないことを知っている。難しい美術理論など掲げず、一部のマニアだけを対象とせず、社会と交わりながら、作品の持つチカラによって少しでも多くの人々を感動させたい。美術を面白いと思ってくれる人が増えれば、きっと美術をとりまく環境も少しずつ変わっていくと信じている。

(美術誌・美術の窓 2006年9月号「視点」より)

C-DEPOT online「ごあいさつ」より  〜C-DEPOTについて その1〜

僕が東京藝術大学に入学して学部、大学院とあっという間に6年が過ぎてしまいました。在学中から常々「芸術とは何か?美術とは何か?」と漠然とよく考えることがありました。結局未だにその答えは出ていないのですが、6年という期間の中、個展やグループ展を重ね、また演劇やオペラの裏方として舞台美術やデザインを勉強しているうちに、ある時から僕が芸術に対して大きな誤解をしているのではないかと思うようになりました。

大学に入学する前、僕は世間からのイメージで「芸術家とは孤独なもの、社会から隔離して他人を寄せつけない変わり者。」みたいな印象を持っていました。でも実際、大学に入学し芸術一色の環境になってみると、教授には自分がどのような意図でその作品を作ったの説明しなくてはならない、個展をすればギャラリーの人や見に来てくださったお客さまと向かい合い話す機会がある、グループ展なら仲間とどんな展示にするか話し合わなければならないし、ましてや演劇の公演ひとつ成功させるには人とのコミュニケーション無くしては有り得ない。どのようなな形にせよ芸術活動や表現活動をして発表すると、そこには社会や人との対峙や交流する機会が必ず発生するのです。もちろん作品を制作しているときは孤独ではあります、でもそれは美術に限ったことではなく音楽においてもスポーツにおいても何においても自分と向き合うときは常に孤独になるもので、特別なことではありません。

大昔の話ならともかくとして、人里を離れ山小屋にこもって絵を描き静かに一生を終える、そんな芸術家は現代ではあまり流行らないし、あまり意味が無いように思います。むしろ僕達芸術家が自分達のほうから社会に歩み寄り、進んで人との交流を求めていかないと、気がつくと時代に取り残され、誰からも相手にされなくなってしまう気がします。

幸いなことに僕達には芸術という言葉を持っています。人間には、国の違い、肌の違い、言語の違いなど様々な隔たりがありますが、美術や音楽、その他の芸術表現すべてにはその隔たりを越えてひとつの感情を共有する力を持っていると思うのです。 では、ひとりではちっぽけな僕達は何ができるのでしょうか・・・ちょっと考えてみました。 いろいろ考えてはみたのですが、結局今の段階で僕達ができそうなこと、それは僕達の畑で僕達ができる精一杯をすることくらいしかないのではないでしょうか。

つまり、同世代の色々な分野の芸術家が自分達の意志で集まり、「つながり」をテーマとした展覧会をしてみるというのはどうだろうか、思ったのです。もちろん色々なジャンルのひとがいるわけですから、各々の考え方によって「つながり」という言葉の意味の受け止め方もかたちも様々です。

ちっぽけな僕達が芸術という言語を通して仲間とのつながりを、展覧会を見に来てくれる人達とのつながりを、応援してくれる人達とのつながりを、様々なつながりを大切にしてそれをどんどん育んでいくことが、きっと今自分達が社会に発信できる言葉のなかでも、なかなか重要なことなんじゃないか。ひょっとしたら現代社会における「芸術とは何か?美術とは何か?」の手がかりはそんな活動の中からも見つけることができるかもしれない、と最近よく思うのです。
(2003)

動物シリーズ について

そもそも動物シリーズを描きはじめたきっかけは僕自身が絵を描くことにおいて抱えていた問題にあった。僕は複雑で美しいどうやって作ったかわからないようなマチエルに強い興味を持っており、それと同時にものを写実的に描くことが好きだった。 だから描く絵はだいたい手の込んだマチエルのうえに普通 に描写したものが多く、その結果描いてあるモチーフと背景のマチエルが分離してしまい、統一感がないということをよく指摘されていた。そこで、実験的に対象物を写実的に描写するのではなく、マチエルを用いてデフォルメしたフォルムで描いてみたところ、絵としての統一感が出て、わりとうまくまとまったのである。技法的な面では今言ったようなことなのだが、デフォルメすることに対しては自分なりの解釈が一応ある。

人間が動物と接するとき、たとえばペットを飼ったり動物園に行ったりするとき、私達は無意識のうちに動物たちを擬人化し接していると思うのである。例をあげると犬は落ち着きがなかったり、猫は甘えん坊、亀はのんびり屋、だったりと人間は動物の外見から性格や性質などをそんな自分達のイメージで決めつけていることがけっこう多い、漫画や童話などがその典型である。僕はそれが悪いと言っているのではなく、むしろそれが動物と接する上でとても大切なことだとさえ思うのだ。僕自身も動物は好きなほうで、動物が人間らしいしぐさをしたりするのを見ると、愛きょうを感じかわいいと思ったりする。そんな動物に人間的な一面を感じるからこそ、ひとは動物に対して愛情を育むことができるのではないだろうか。

僕はそんな動物の人間らしい一面を絵によって表現できないかと考えている。擬人化しユーモラスに描くことによって、どこか愛らしく思えたり、こっけいに思えたり、身近に感じることができるのではないだろうか。たとえそれが人間のエゴであったとしても、それが人間が動物との絆を結ぶ数少ない手段なのだから。(2001)

Trafficシリーズ(人物)

アロワナという魚は何万年の前からこの地球に生存していたそうです。 以前僕が動物園で巨大なアロワナを目の当たりにしたとき、何万年、何億 年という生命の営みの歴史が、自分の細胞の中の遺伝子ひとつひとつにも 刻み込まれているような気がして、それがショックでしばらくその場から動 けずにいたことがあります。

普段の生活では、小さいことやささいなことに気を取られがちですが、目 を閉じて自分を探そうとして気が付くと、止まることなく流れる時間の宇 宙に迷いこみ、物理的にはちっぽけな人間が、無限とも思える程広い精神 を持っていると実感するのです。 そんなことが絵に表現できるかわかりませんが、絵の中の女性は自分をあ らわしています。それは僕自身であり、絵と向かいあう人すべてにとって の自分でもあってほしいとおもいます。(2001)

Cactusシリーズ(サボテン)

「Cactus」とは「サボテン」の英訳した言葉です。 サボテンシリーズでは陸の生物であるサボテンと水の生きものを絡めせ、お互いが語りあっているような、なんとも不思議な空間を表現できるよう心がけています。

モチーフにサボテンを用いるようになったのは、少年期の記憶と体験が元になっています。小学生の頃、父の仕事の関係で数年間アメリカに居住していたことがありました。その時に家族旅行で訪れたアリゾナの砂漠で何メートルもある巨大なサボテンを初めて目の当たりにしました。まるで人間のようなたたずまいと奇妙な存在感が、強烈な印象として、少年期の自分の頭に焼き付いていました。時が経ち、父は私が15歳の時に亡くなりました。そして現在に至り、絵を描くようになったとき、不思議と無意識にサボテンをモチーフに描くようになりました。そして動物たちをサボテンのいる画面に登場させるようになりました。単に「作品のオリジナリティのためユーモラスな画面に」、という意図ももちろんあるのですが、ふと過去を振り返るときに絵を見てみると、もしかしたら動物たちは亡くした大切な人を探しているような気がすることがあります。私にとってサボテンシリーズは、ノスタルジアであり、父との記憶を辿る旅なのかもしれません。(2005.12 )

アジアミーツアジアを観て (演劇について考える)

先日僕がチラシ及びポスターの制作を担当した演劇フェスティバルの「Asia Meets Asia 2001」の公演を観に行きました。内容を簡単に説明すると、1日に3劇団、アジアから招いた海外の劇団と日本の劇団が90分ずつの公演をするというものです。どの劇団も決してメジャーとは言えませんが前衛的で実験的な試みをしていて、演劇の新たな形や可能性を見い出そうと模索しながら活動をしています。

「Asia Meets Asia 2001」に参加した劇団OM-2に僕は以前1年間ほど裏方として所属していて、舞台美術の一部を制作したり、本番中の裏方をしたり、チラシのデザインをさせてもらったりしていました。その後、僕は自分の作品制作に専念するため、僕の都合のつく範囲でチラシの制作などをさせてもらっています。だから今回のアジアミーツアジアのチラシの仕事もOM-2の演出をしている真壁さん経由のお話だったのです。

OM-2(黄色舞伎團)の舞台は、いわゆる台本があり起承転結の物語がある一般的な演劇ではなく、身体表現、言語表現、映像表現、音楽、舞台美術、などを一つにコラボレートさせた現代演劇です。だから演劇に関する予備知識のない普通の人が普通の演劇を想像して観に来ると、いろいろな意味で期待を裏切ることでしょう。内容の過激さに拒絶してしまう人もいれば、新鮮に感じたりその斬新さをおもしろいと思う人もいるでしょう。だけど今の日本では、そんな実験的な演劇がなかなか大衆にはうけないのが現状だそうです。OM-2の演出の真壁さんはそんな日本の演劇に対する現状に疑問を抱き、アートとしての演劇を提案し様々な活動をしている人のひとりです。

ヨーロッパの演劇はアバンギャルドなものが大半を占めているそうです。また芸術の分野でも前衛的なものが現代美術として高い評価を得ているように思えます。それは欧州の国々の人達の認識が真新しいものに興味を向けることができる柔軟な感性をもっているからだと思います。それに対して日本では一部の人々を除いては、ほとんど前衛的な演劇は評価されておらず、演劇情報誌やテレビなどのメディアが取り上げているのは話題性があったり、エンターテイメント性の強いものがほとんど、というのが現状です。事実、僕自身も大衆的な演劇が好きで、幼いころアメリカのブロードウェイで「CATS」を観て以来、ミュージカルやオペラなど音楽や物語と美術セットで感動できる舞台にあこがれを持つようになったわけで、そんな日本人のひとりなのです。

僕は演劇の世界の人間とはとても言えない、入り口をちょっとかじった程度の人間なので、演劇の奥深さや歴史などをくわしく語ることはできないのですが、今の演劇について思うことはあります。昔からある古典的なものは、長い歴史によって洗練され無駄なものが削ぎ落とされ、質の高いものになっていきます。演劇も同じく、オペラ、ミュージカル、歌舞伎などの由緒ある形式と卓越した技術によって成り立つ舞台は、見る者を感動させる力を持っています。その一方で、そういった形式や常識を打破し、まったく新しい角度から演劇を創ろうとしている人達もいます。だから新しい故に完成度が低かったり、ちせつでメッセージが伝わりにくかったりすることが多いと思います。だけど内容の好き嫌いは別として、僕自身にとってそんな新しい試みに挑戦する姿勢はとても興味深く、見習うべきところがあると感じています。今後、新しい演劇を担う人々がどのように活動し、どのように結果を出していくのかを、僕はこれからも影ながら注目していきたいと思っています。(2001.12)

美術について(1)

僕は最近ふと思うことがあります。「あなたにとって美術とは何ですか?」と問われた時、僕はすぐに「〜です。」とは答えられないのではないだろうかと。もちろんカッコイイ造り飾った言葉でごまかすのは簡単なことなのですが。何かを表現すること(僕にとっては美術)の定義だったり、解釈の仕方というのは本当にひとそれぞれです。誰に何と言われようとも自分の世界を貫き通すもの、誰が見てもいいと思わせることを目指すもの、商品として売買されることを目指すもの、今までにない全く新しいものをめざすもの、などその他にも僕の理解しえない価値観をもって何かを表現している人達はたくさんいるはずです。

そして僕は「自分にとって美術とは・・」という最も根本的な問題をはっきりと定義付けずに日々制作をしており、とても安直な発想でこの世界に踏み込んでしまったことを反省しています。特殊な世界(美術、音楽など)においては共通して言えることなのですが、それを主の仕事にして生活できている人というのは、ほんのひとにぎりです。才能と努力をあわせ持ち、運がよく、自分自身のプロデュース能力が長けているひと、そんなひとはなかなかいません。そしてほとんどの人はそれだけでは食べてゆけず、特殊なことをする時間を削りアルバイトもしくは就職をするのです。どうであれ、僕達のような凡人の表現者は、金銭的な面でも、心配をかけるという精神面でも、家族や親戚に迷惑をかけ、将来付き添うであろうひと、養うであろう家族に多くの苦労をかけてしまうということをまず覚悟しておかなければならないのです。そしてそういった人達の支えなしには生きてゆけない肩書きだけの社会的には弱い立場の人間だということを。

なんてそんなことを最近おもうようになりました。僕が美術の世界に足を踏み入れたとき、それだけの覚悟はありませんでした。浮かれた気持ちで芸大に入り、それなりの努力はしてみたつもり、生ぬ るい環境でいい気分になっていた自分はなんて恥ずかしいやつだと。今「自分にとって美術とは・・」という問いに対して、後ろ向きな言葉ばかりが浮かんできそうです。

自分は何を描きたいのか、自分はなぜ描くのか、すべてあやふやなまま時間だけは過ぎていきます。その中でちょっとしたきっかけだったり、とっかかりを掴んでは、なんとか形にしてはいるのですが、何を描いても何枚描いてもどこかピンとこない。出来上がった絵を見てこれが自分の本当に描きたい絵なのか?と問いただす。かといって他になにかいいものが生まれてくるわけでもありません。たとえしっくりいかなくても描き続けるほかありません。筆を止めてしまえば悩みだけが膨らみ、何もできなくなってしまいそうで。

ひょっとしたら、そういったプロセスそのものにこの問いかけのヒントがあるような気もするのです、あくまでも推測ですが。「自分にとって美術とは・・(4回目)」、結局その問いの答えを出すのはちょっと僕にはまだ時間が必要なようです。(2002.1)

マンガ、アニメについて

僕は幼い時から、美術を愛し、絵ばかりを描いている少年ではありませんでした。あまり自慢できない話なのですが、僕は幼い時からテレビをこよなく愛し、コミックやアニメばかりを見ていたマンガ少年でした。当時はテレビやコミック雑誌を見ていないとクラスの話題に乗り遅れてしまう風潮があって、友達と話す内容といえばそんなことばかりで、たとえばその週の回を見逃したりするとみんなの話題についてゆけずくやしい思いをしたりしたものです。そのころよく見ていたのは、「ドラえもん」から始まり「キン肉マン」「キャプテン翼」、「セイント聖矢」、カードものの元祖「ビックリマン」、「ガンダム」シリーズ、そしてみんなが見ていた「ドラゴンボール」など傾向的には格闘ものや戦闘ものが多かったように覚えています。その他にもたくさん、けっこうマニアックなものまで見ていました。(挙げるときりがない)

鉛筆やペンを手に持って気がつくとノートの隅にマンガを描いてばかりいる自分がそこにはいました。おかげさまでマンガのキャラクター(とくにドラゴンボール)を描かせたらクラスで右に出る者がいないほどに腕を上げ、そんなことで友達に慕われたりしたものです。振り返ってみると、当時のそんな生活や習慣が、色濃く現在の自分の作品に反映されていると感じます。形を真似るデッサン力の土台や、フォルムをデフォルメするときの癖もその頃の影響があるような気がします。良しとすべきか悪しとすべきか、僕の少年時代の経験が、結果 的に今の作品を制作する上でのある種のキーワードになっているようです。

今も昔も、大人は、子供がアニメやマンガ本ばかり見ていることを快く思わないものです。僕にももし子供がいたなら、息子や娘にはテレビやマンガはあまり見過ぎてほしくないと思うでしょう。それはやはりマンガなどの見過ぎはこどもの人間性の成長に悪影響を与え兼ねないからです。家のなかに閉じこもり、バーチャルな世界に身を投じてしまい、片寄った人間になってしまう危険性があります。だから多くの大人はマンガやアニメを毛嫌いし、子供は外で活発に遊んで自然のなかで成長してほしいと一般 的には願うものです。

まあ、アニメやコミック誌が有害なものか、それともそうではないのか、という問題はすでに色々なところで討論されていると思うので、いまさら僕がどうこう言うことではないのですが、皮肉なことに子供にとって有害になりかねないとされるそのマンガやアニメは、今や日本が世界に誇る数少ない貴重な文化のひとつとなっているのです。わかりやすいところで宮崎駿監督率いる「スタジオジブリ」やTVアニメ「ポケモン」がその代表です。「ドラゴンボール」も今アメリカなどで放送されて「ポケモン」に続きブレイクしたそうです。また同人誌系(美少女系)のコミックもアジアをはじめとする海外で広く注目を集めています。さらに芸術の分野でも、奈良美智、村上隆、会田誠といった国際的に活躍しているアーティスト達も、アニメ的なキャラクターやコミックをモチーフに表現している作品を見受けることができます。

日本を象徴する文化、江戸時代の浮世絵からはじまり現代のマンガやアニメーションといったものは、常に社会を風刺するとともに、繊細な線によって描かれているという点で共通 する面があります。僕自身はその流れに便乗してどうこうという気はないのですが、無意識のうちにそういった日本特有の美意識や感性などが自分の作品にも影響を与えているかもしれないと思うことがあります。そういった意味で理想を言えば、いつか自分の作品に対して「これが日本の文化です。日本を象徴する美術です。」と夢みたいなことを胸を張って言えるような時が来ればいいな、なんて無謀にも願っています。 (2002/3)

松本大洋という漫画家がいます。周知のとおり、窪塚洋介主演「ピンポン」の映画化によって一躍有名になった漫画家です。ドラマ化されたり、映画化されたりするよって原作の漫画に注目が集まる。最近ではそれはあまり珍しいことではないようです。僕もミーハーな気持ちと好奇心で、松本大洋の「ピンポン」を買って読んでみました。正直おもしろい。どこか乱暴なのだけれど、それがむしろ新鮮で自分の中の何かの熱い部分を刺激する。

細かいストーリーなどの説明は面倒くさいのでしませんが、驚いたのはストーリーもさることながら、その絵肌に芸術性を感じたことです。それは今まで目にしてきた漫画とは異なり、エンターテイメント性を極力押さえ、作家独自の世界観や芸術性をフルに押し出しているところが清清しい。パースの付け方やデッサン力などを見ると、どうも自分たちと同じように一定の期間、専門的に美術の訓練を受けているように思えます。(作家の生い立ちや経歴までは調べていないので確信はないのですが)

別に漫画に限ったことではなく、音楽でも美術でもスポーツでも、何にでも言えることなのですが、独創的で素晴らしいものには、イマジネーションを刺激されるというか、そのエネルギーが自分のモチベーションにもいい影響を与え、いい作品が作れそうな気持ちにすらなります。対照的に、たとえどんなに華やかに大々的に発表されていても大衆受けをねらっているところが見え見えだったり、その内容そのものが貧弱だと、何も感じない、つまらない、時間の無駄遣いをしてしまったと後悔すらしてしまいます。

今自分に必要なのは、それを見極める目を養うことでしょうか、物事のおもしろい、つまらないは、年齢や経験、思い込み、周りの評価など色々なものの影響で、変わってしまいます。昨日イイとおもっていたものが、今日みたらいまいちだったなんてことはしょっちゅうですし、昔つまらないと思っていたものが今見た時に素晴らしいと感じることだってあります。普遍的な価値基準なんてないのですが、少しでも多く素晴らしいと思えるものに出会いたい、そして自分を高めていきたい。そんな風によく思います。

話はそれてしまいましたが、松本大洋の「ピンポン」をみて漫画の世界も色々あってただ万人受けをねらうものじゃなく、自分の独創性や世界観を大切にがんばっている人もいるんだなあ、という感想でした。ただ悲しいのはどんなに才能があっても、出版社や編集者の意向で売れるもの、つまりよくあるつまらない感じになってしまう作家が多いということ。それは絵の世界も同じ、生活のため割り切らないといけない部分はどうしてもあるかもしれませんが、この先どんな状況になっても熱い気持ちは胸に秘めておきたい、それは心に誓いたい。(2003/7)

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